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山が喋っていた

車の電話が鳴った

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車の電話が鳴った

女のマンションは代々木《よよぎ》にあった。静かな住宅街の中の瀟洒《しようしや》なレンガ造りのマンションである。
 ゆるやかな坂道の両脇にポプラが植えてあって、夜になってようやく涼しくなった九月の風にサワサワと揺れた。
 女はマンションの前の駐車場に、メッキの剥《は》げかかっているグレーの六五年製ムスタングを止めた。
 カセットの調子が悪く、あちこちいじっていると、車の電話が鳴った。
「村井さん、味川です」
 間のびした味川の声だった。
「あら、どうしたの」
「実は……」
 この育ちのいい味川は長身のひ弱そうな感じがする男だが、玲子は妙に頼もしいと思っている。味川は、銀座《ぎんざ》の老舗《しにせ》の日本料理屋の長男なのだが、跡を妹の亭主にゆずって刑事になった。
「アメリカのデンバーでリチャード・キリングストンを殺したのは鮫島《さめじま》たちであることがわかりました。死体から摘出した弾丸の旋条痕《せんじようこん》が、鮫島の持っていたコルト・ハイスタンダードのものと一致しました」
「そう」
「驚かないでくださいよ」
「なあに?」
「リチャード・キリングストンはアメリカ軍のB29爆撃機、エノラ・ゲイ号が広島に原爆を投下したときの搭乗員の一人だったんです。正確にはコックピットに乗りこんでいた航空士でした」
「やはりね」
「知ってたんですか」
「ちょっと気になったことがあって」
「いま、ファイルを取り寄せていますが、先日、スペインのバルセロナで交通事故でジム・スターンという老人が死んでおります。この男もエノラ・ゲイに同乗していたと思われます。この男も、鮫島がやったんですかね」
「でしょうね。他《ほか》にエノラ・ゲイに乗っていた人は?」
「なにぶん四十年も前のことですから、ほとんど生きておりません」
「うん」
「噂《うわさ》では中国人が一人乗りこんでいたということです。真偽《しんぎ》のほどは定かではありませんが、その中国人は生きております」
「だれ?」
「驚かないでくださいよ、李正元《りしようげん》です」
「…………」
 李正元は、今年七十五になる香港《ホンコン》の政財界をも意のままに動かせるという暗黒街の大ボスだった。が、その姿を見たものはいない。
「そして、李正元は日本人だとの噂もあります」
「韓国人《かんこくじん》という噂もあるんじゃない?」
「とにかく、ファックスを送ります。受け取ってください」
「わかったわ」
「香港警察に照会してもらったものですから、あてにはなりませんが」
 ダッシュボードを開けると、グリーンの光がもれて、小型ファックスから通信文が吐き出されてきた。
 李正元、一九一〇年、中国|黒竜江《こくりゆうこう》省に生まれる。蒋介石《しようかいせき》の信《しん》厚い懐刀《ふところがたな》として若くして中国国民党軍の第三八師団の将軍。江西《こうせい》省|瑞金《ずいきん》の革命根拠地を襲い、毛沢東《もうたくとう》が率いる中国共産党と紅軍を長征に追いやった人物だった。
 その後も蒋介石の参謀として何度も毛沢東の暗殺をはかったが失敗。一九四五年、八路《はちろ》軍が攻勢に転じたときに捕虜《ほりよ》となってテニアンの収容所に入れられていた。
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